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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)10906号 判決

原告

X1

X2

右両名訴訟代理人弁護士

阪口彰洋

右阪口彰洋訴訟復代理人弁護士

藤川義人

被告

Y1

右代表者理事

P

被告

Y2

右両名訴訟代理人弁護士

米田泰邦

主文

一  被告らは、原告X1に対し、各自金五三五四万八七二七円及びこれに対する平成六年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X2に対し、各自金二六七七万四三六三円及びこれに対する平成六年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告X1に対し、各自六八七三万八〇一七円及びこれに対する平成六年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X2に対し、各自三四三六万九〇〇八円及びこれに対する平成六年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告Y1(以下「被告大学」という。)の付属病院であるY1病院(以下「被告病院」という。)の第二外科教授である被告Y2(以下「被告Y2」という。)が、訴外亡A(以下「亡A」という。)のS状結腸癌を切除するために腹腔鏡下S状結腸切除術を行ったが、右切除術の危険性を説明することを怠り、亡Aの腸の癒着が激しかったので開腹術に移行すべきであったのに腹腔鏡下S状結腸切除術に固執してこれを続行し、右手術の際に手技を誤り、その結果、後腹膜を剥離して十二指腸に穿孔(以下「本件穿孔」という。)を生じさせるか穿孔を生じやすくさせ、その後、術後管理を怠り、さらに、本件穿孔の処置を誤ったため、亡Aが死亡するに至ったとして、亡Aの相続人である原告らが被告大学に対し、債務不履行又は不法行為(民法七一五条)に基づく損害賠償を、被告Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。

二  争いのない事実等(争いのある事実については、括弧内記載の証拠により認定した。)

1  被告大学は、付属病院として被告病院を設置する学校法人であり、被告Y2は、被告病院の第二外科の教授である。

2  亡Aは、昭和五年三月生まれであり、原告X1(以下「原告X1」という。)は亡Aの妻であり、原告X2(以下「原告X2」という。)は亡Aの母である(甲二の一、二)。

3  亡Aは、平成五年三月、人間ドックにおけるバリウム浣腸による検査の結果、異常を指摘され、同年八月二〇日、大腸内視鏡検査のために被告病院第四内科に入院し、ストリップバイオプシーの施行を二回受けたが、S状結腸癌を完全に除去できなかった(甲六)。

4  亡Aは、S状結腸癌切除の手術のために被告病院第二外科に転科することになり、平成五年九月二七日、手術のために被告病院第二外科に入院し、Z(以下「Z」という。)医師が亡Aの主治医となった。

5  Z医師は、亡A及びその家族に対し、S状結腸切除のための手術(以下「第一回手術」という。)の前日である平成五年一〇月一二日、病室において手術についての説明をした。

6  亡Aは、平成五年一〇月一三日、第一回手術を受けた。

なお、腹腔鏡下S状結腸切除術には、S状結腸の切除及び吻合までのすべての過程を腹腔鏡下で行う術式と腹腔鏡を介助手段とした術式があるが、本件においては、腹腔鏡を用いて腹腔内で癒着を剥離し、腸管を遊離した後、腸管の切除と吻合を腹腔外で行う後者の術式が採用された(以下、この術式を「本件切除術」という。)。

7  亡Aは、平成五年一〇月二二日、二回目の手術(以下「第二回手術」という。)を受けた。

8  Aは、平成五年一〇月二六日、三回目の手術(以下「第三回手術」という。)を受けた。

9  亡Aは、敗血症に基づく多臓器不全に至り、平成六年一月二九日、死亡した。

三  当事者の主張及び争点

1  説明義務違反

(原告ら)

本件切除術においては、執刀医は、モニターを通じてしか術部を見ることができないから視野が狭く、術部を二次元的にしか把握できないから遠近感をつかみにくく、直視下で術野を見たり自分の手で確認することができず、遠隔操作により腸管の癒着を剥離するほかないから、開腹による直視下でのS状結腸切除術に比べれば、S状結腸につながる多数の血管や、腸管及び内臓を傷つける危険性が高いため、相当高度な手技が必要とされる。とりわけ、本件のように癒着の激しい症例は本件切除術の適応でない。

本件切除術は、右のとおり、未だ確立した手法でなく、第一回手術当時、健康保険の適用もなかったにもかかわらず、被告Y2は、亡Aに対し、第一回手術に先立ち、本件切除術の危険性について全く説明せず、また、本件切除術の経験が六例しかなかったのに、「安全な手術であり手術後の苦痛も少なく、退院、社会復帰も早い。しかも三〇数例の成功例がある。」と述べて、本件切除術を積極的に勧めたので、亡Aは、被告Y2が十分に説明義務を尽くしていれば選択しなかったであろう本件切除術を選択した。

また、被告Y2は、亡Aに対する本件切除術の説明前に、手術方法を本件切除術とすることを決定し、その後、同人に、不十分な説明をしたにすぎない。

(被告ら)

被告Y2は、平成元年、アメリカ合衆国の腹腔鏡胆嚢摘出術の指導的立場にあった友人のフィッツギボン博士から、右手術の実際を紹介するビデオテープを入手し、被告病院第二外科に専門のグループを結成して臨床経験を重ねつつ手技の習熟に努めてきたのであり、その腹腔鏡介助による大腸切除の経験例数は三〇数件に及ぶ。

そして、腹腔鏡下で腹腔内の状況をモニターで拡大して観察する方法は、開腹による肉眼の観察では不可能な部位も含めてより詳細かつ緻密な観察が可能であるし、亡Aの症例は比較的早期のS状結腸癌であり、その結腸鏡的切除後残端癌遺残例は腹腔鏡手術の最適の適応症であった。もともとS状結腸は発生の過程で側腹部に自然癒着しており、手術の手順としてその癒着剥離が必要となるが、その大部分は比較的容易に剥離できるから、腹腔鏡下の腹腔内腸管癒着剥離により確実かつ安全な剥離が可能である。腹腔鏡介助腸管切除術は、平成七年度及び平成八年度の厚生省担当課の点数表の解釈の修正により、保険準用が明示された。

さらに、Z医師は、第一回手術に先立ち、本件切除術について十分に説明した。

2  手術方法の選択についての過誤

(原告ら)

被告Y2は、亡A及びその親族に対し、第一回手術に先立ち、腸の癒着が多ければ開腹術に切り替える旨説明し、第一回手術中に、亡Aの腸の癒着が激しく、剥離作業に時間がかかり、二酸化炭素中毒の危険が生じて気腹を一時中断するなど、本件切除術を行うことが不適当であると判明したから、開腹術に切り替えるべきであったのに、そのまま本件切除術に固執して続行したため、約五時間四〇分の手術時間を要したのであり、手術方法の選択を誤ったといえる。

(被告ら)

亡Aの腸管の癒着は広範であったが、術後あるいは腹膜炎後に見られる病的で強固な癒着ではなく、発生的・先天的な生理的癒着であり、開腹術に移行しなければならないほどの癒着ではなかった。手術時間が長時間となったのは、被告Y2が慎重かつ安全に癒着を剥離したためである。

3  本件切除術の手技についての過誤

(原告ら)

被告Y2は、第一回手術において、後腹膜を剥離し、誤って、腹腔内に露出した十二指腸の本件穿孔の部位を直接傷つけ、若しくは電気メスの電流等により穿孔を生じさせ、又は穿孔を生じさせやすくし、その結果、遅発性又は被覆性の本件穿孔が生じたといえる。その理由は次のとおりである。

(一) 解剖学的構造

解剖学的に、腹腔外にあるものを十二指腸水平脚及び上行脚といい、トライツ靭帯より肛門側を一般に空腸という。

したがって、十二指腸の定義として、十二指腸水平脚が腹腔内にあるということはあり得ない。

また、十二指腸の水平脚部分の奨膜と後腹膜とは、別のものとして存在しているから、被告らが主張するような腹腔内に前面を現している十二指腸水平脚の奬膜とS状結腸の漿膜が直接癒着していたということはあり得ない。

(二) 本件穿孔の部位

本件穿孔は、十二指腸水平脚部分に存在した。被告らは、本件穿孔が十二指腸空腸移行部に存在したと主張するが、十二指腸は水平脚から上行脚に至った後に空腸に移行するのであるから、本件穿孔が十二指腸空腸移行部に存在することはあり得ない。

(三) 後腹膜の剥離

Z医師が、第一回手術の際、後腹膜が剥離され十二指腸が露出していたことを確認し、第三回手術記録に本件穿孔部位から腹腔内に内容物が流出している旨の記載があることからすれば、被告Y2が第一回手術の癒着剥離操作の際に後腹膜を破ったことは明らかである。

なお、S状結腸の奨膜と後腹膜との剥離は医学的に十分可能であり、一般的には、S状結腸を側面から引っ張って力をかけた上、S状結腸の奨膜と後腹膜の間にメスを入れると容易に剥離でき、いずれの膜にも損傷は起きないし、後腹膜の奥に存在する十二指腸の奨膜にも損傷は起きない。

(四) 本件穿孔の原因

被告Y2は、第一回手術において、横行結腸膜ないし後腹膜とS状結腸との癒着剥離作業の途中に出血が生じた際、出血点が分からないため、電気メスで本件穿孔部分付近を焼灼して止血した。電気メスを使用すると、炭化した部分の電気抵抗が高くなり、電気は、その部分を避けて周辺部位に放出され、周辺に穿孔を生じさせる危険性が高まる。そして、第三回手術記録によれば、本件穿孔の直下部に導電体である止血クリップが使用されていたことが確認されたのであるから、当該部位周辺に電流が放出された蓋然性が非常に高い。また、Z医師が第三回手術の際に見た本件穿孔の状態は、パンチアウトと呼ぶべきものであり、電流によって生じたものといえる。

(五) 遅発性ないし被覆性穿孔

第一回手術の際に十二指腸の漿膜側に穿孔にまで至らない損傷が生じ、穿孔原因周辺の血流が十分確保されない結果、右損傷が徐々に進行して一定時間経過後に十二指腸粘膜側に達して穿孔に至ることもあり得るし(遅発性穿孔)、第一回手術の際に穿孔が生じたが、他臓器によって穿孔が被覆され、その後の腸の動きなどによって被覆されていた部分と他臓器が離れて穿孔が明らかになるということもあり得るし(被覆性穿孔)、遅発性穿孔と被覆性穿孔が複合して、第一回手術の際には直ちには穿孔に至らなかったところ、その後穿孔が生じたが被覆されていたためすぐにはその存在が明らかにならず、一〇月二六日に至って症状が生じたということも十分あり得る。

なお、第二回手術の所見においては、穿孔について触れられていないが、それは、第二回手術が腹腔内の左側を中心に行われたので、後腹膜外にある十二指腸については注意を払わなかったためである。

(六) 他の原因の可能性

被告らは、亡Aに穿孔が生じた原因として、①ムコール菌関与、②憩室関与、③ストレス潰瘍の発生及び④内圧昂進の関与の可能性を主張するが、

(1) ①について

ムコール菌による細菌感染は、末期感染であって、他の毒性の強い細菌を抗生物質で抑えた後に日和見的感染として発生するものであるから、第三回手術の時点でムコール菌によって十二指腸に穿孔が生じることはあり得ず、十二指腸は比較的強い腸管を有しているから、病理的原因によって本件穿孔が生じること自体ほとんど考えられず、まして毒性の弱いムコール菌感染によって十二指腸に穿孔が生じることはあり得ない。そして、第三回手術時において本件穿孔周辺には、縫合不全部に見られたような壊死は見られなかったが、ムコール菌が原因であれば、細菌感染という進行性病変である以上、本件穿孔部周辺に顕著な壊死が見られたはずであるから、ムコール菌は関与していなかった。

鉗子や電気メスで傷つけたことが本件穿孔の原因であるから、ムコール菌を原因とする場合と比べて、本件穿孔部周辺において進行していく壊死は著しく少ない。そもそも、十二指腸に穿孔が生じるケースはほとんどが物理的な力が加わった場合である。

(2) ②ないし④について

ストレス潰瘍、憩室関与、内圧昂進についての主張は何ら根拠がない。

(被告ら)

(一) 解剖学的構造

十二指腸は、トライツ靱帯に移行する部分より手前から腹腔内に斜めに入り始め、その部分においては十二指腸の裏面は後腹膜隙に残っているがその前面は腹腔内に現れており、その後、腹腔内に面する部分が次第に突出して大きくなり、トライツ靱帯を経て回腸に移行するまでには、その裏面も腹腔内に現れて完全な腹腔内腸管となる。なお、トライツ靱帯の十二指腸接着部の幅及び十二指腸上行部を囲む十二指腸窩の深さは個体差が大きいから、十二指腸上行部が腹腔内に現れる範囲も個体差が大きい。

本件穿孔はトライツ靱帯に接近した十二指腸部分に見られたが、その部分の腹腔側の十二指腸管壁は、奬膜と後腹膜に二重に覆われているのではなく奬膜と後腹膜との区別ができない同じ性状の一つの層により覆われ、腹腔内に面する部分である。

亡AのS状結腸の患部は、十二指腸と離れた後腹膜と癒着していたのではなく、腹腔内に前面を現している十二指腸管の奬膜と直接癒着していた。

(二) 手技の過誤について

(1) 本件切除術においては、出血があった場合、焼灼による止血を試み、これによって止血できないものについては、止血クリップで止血することになる。第一回手術においては、電気メスの焼灼による止血は、第三回手術において発見された止血クリップと離れたところでなされ、右止血クリップは、本件穿孔からも十二指腸管壁下面からも離れたところに掛けられた。

(2) Z医師がS状結腸の癒着剥離や体外処置の過程において遊離させたS状結腸への後腹膜や腸間膜の付着に気付かなかったことからすれば、本件穿孔部分は、もともと後腹膜に覆われていなかったため後腹膜の剥離そのものがなかったか、後腹膜が剥離されたとしても、特に目立つ剥離でなかったといえる。そして、前記のとおり、亡AのS状結腸の患部は、腹腔内にその前面を現していた十二指腸管の奬膜と直接癒着しており、主要腹部手術では後腹膜腔の開放は常に行われ得るのであるから、十二指腸が癒着剥離によって当初現れている以上に露出したとしても、何ら異常な事態ではない。

(3) したがって、被告Y2は、原告主張のように後腹膜を突き破って十二指腸を損傷させていない。

(三) 本件穿孔の発生時期

被告Y2は、第一回手術において、S状結腸の患部を腹腔外で切除及び吻合し、出血のないことを確かめた。亡Aの出血量は本件切除術に通常見られる出血量の範囲内にとどまっていた。また、第一回手術の終了時に本件穿孔の部位に火傷による損傷も認められなかった。したがって、この時点で亡Aの十二指腸には本件穿孔が発生していなかった。

Q(以下「Q」という。)医師は、第二回手術終了の際、腹腔内に出血及び異物がないことを確認した後、温生理食塩水五〇〇〇ミリリットルで洗浄して腹腔内を検索したが異常所見を認めなかった。第二回手術の際にも、本件穿孔は生じていなかった。

したがって、本件穿孔は、第二回手術後第三回手術前に生じたものといえる。

(四) 遅発性ないし被覆性穿孔について

癒着剥離により組織が損傷されたとしても、修復機転が働くから、第一回手術から二週間経過後に第一回手術時の損傷により本件穿孔が生じることは考えられない。Z医師による第三回手術の際の本件穿孔の周囲の所見も、第一回手術の際に生じた穿孔が周囲組織との癒着で被覆されていたとか、第一回手術の際に生じた不全損傷が進行して穿孔したという可能性を否定するものであった。

(五) 本件穿孔の原因

本件穿孔の原因については、ムコール菌関与が考えられる。すなわち、亡Aが死亡した時点において、同じ真菌感染でもガンジダ菌は全身的に見られたのに対し、ムコール菌は本件穿孔部分に局所的に充満していたとの病理所見がある。また、この菌が日和見感染に多く見られるとしても、亡Aに対し、第一回手術後、重傷の腹壁感染症が発生したため大量の抗生物質を使用していた。さらに、ムコール菌による腸潰瘍の事例報告もあるし、炎症性腸炎では奬膜面には明らかな壊死を認めない小穿孔もあり得る。

その他に考えられる原因としては、憩室関与、ストレス潰瘍の発生及び内圧昂進の関与の可能性が考えられる。

4  第一回手術後の管理についての過誤

(原告ら)

発熱、頻脈、腹部疾痛、白血球増多、ドレーンからの排液量の増加・内容の変化・便臭のある排液等、縫合不全を疑わせる症状があった場合、医師は、ガストログラフィンで造影検査を行い、積極的に縫合不全の有無を確認しなければならない。縫合不全に対して保存的治療で経過をみるのは、縫合不全部からの造影剤の漏出が少量である場合であり、その場合でも、白血球が増加するなどの変化が現れた場合、開腹術の対象となり、いたずらに保存的に経過を見てはならない。

本件において、亡Aに縫合不全を疑わせる症状が見られ、電撃様の進行を示していたのであり、亡A及びその親族が異常を訴えていたであるから、被告Y2は、遅くとも平成六年一〇月一八日には、S状結腸切除部分の縫合不全を疑うべきであり、安全で人体に悪影響を及ぼさないガストログラフィンを使用して注腸造影検査を行うべきであったが、第一回目の手術の翌日である同月一四日に亡Aを回診した後、亡Aの症状を把握できていなかったにもかかわらず、何らの根拠もなしに、縫合不全を疑ったZ医師らによる同月一九日に注腸造影検査を行いたい旨の上申を拒絶し、さらに、同月二一日も、注腸造影検査の上申について「様子をみてからにしましょう。」と述べて検査を止めさせた。

したがって、被告Y2には、第一回手術後の亡Aの管理について過誤があったといえる。

(被告ら)

担当医は、平成五年一〇月一八日夜、縫合不全の発生を疑ったが、同月一九日朝には、腹壁の炎症が減退状況にあるなど否定的な兆候も認めていた。

被告Y2は、側腹壁炎症の範囲や消長だけではなく、あり得る縫合不全の程度や手術創の状態、排出液の量や性状、全身状態などをふまえた総合的考慮に基づいて造影の可否について判断したのであり、造影するまでもなく縫合不全が始まっていたことは判断できた。

被告Y2は、一方で、注腸造影による圧力で縫合不全がさらに進行することを危惧してこれを防ぐことを考え、他方で、腸管内への排膿も期待したことから、注腸検査による客観的証明を控えたのである。

縫合不全の処置は炎症を限局化させて汎発性腹膜炎に至らないようにすることが必要であり、十分に排膿されて限局されている時は保存的に治癒させることができる。このように直ちに再手術をしないで保存的に炎症の限局化を図るべき例もあるし、被告Y2がそのような例を少なからず経験していることからみても求められる対応は一律ではない。実際、亡Aは、その後、全身状態が好転し、第二回手術に先立ち、今日は気分がいいから手術を待ってほしい旨述べていたし、第二回手術において得られた所見は限局性膿瘍にとどまっていた。

さらに、被告Y2は、造影するまでもなく亡Aの症状が放置できないと診断し、的確に第二回手術を行うことを判断し、手術後の経過も特に異常な所見がみられなかったのであるから、被告Y2が平成五年一〇月一九日に再手術を行わなかったから手遅れになったという経過はたどっていない。

5  第三回手術における過誤

(原告ら)

被告Y2は、第三回手術において、空腸に小さな穴を開けて本件穿孔と吻合するという全く特異な方法を選択したが、結局、本件穿孔を防ぐことはできず、縫合不全を引き起こした。

十二指腸と空腸とを側々吻合するためには、少なくとも数センチメートル単位で穿孔部分の周辺を切除し、空腸も同様に切除し、その切除した腸壁部分同士を吻合しなければならないが、本件において、被告Y2は、本件穿孔をそのままにして、空腸に穿孔を生じさせてこれを本件穿孔と吻合したにすぎないから、通常考えられる十二指腸空腸吻合とはその通じる部分の大きさが全く異なる。そもそも、十二指腸には強力な消化液である膵液や胆汁が高濃度で存在するため、十二指腸に穿孔が生じた場合、最大限の減圧を行うとともに縫合不全が生じないようにする必要があるのに、被告Y2の右処置では、吻合部が小さすぎるため、十二指腸穿孔部に圧がかかることになり、かえって危険な状態となる。

(被告ら)

十二指腸は、後腹膜腔で膵臓に固定されているために腸管の緩みが乏しく、部分切除も困難であるため、その穿孔について近傍の腸管を補修材料として用いる方法が発達し、損傷腸管壁の治癒機転を他の腸管との間で行われると同時に減圧効果を得ようとするのが側々吻合である。

しかし、本件穿孔は十二指腸の凹ループの谷の部分にあり、深部に固定されているので、術野も狭い上、通常の側々吻合を行うために大きく腸切開を行うことは、創が腸管膜動静脈の背後まで及ぶ点で危険であった。

また、単純なパッチ法では、腸管の拡張が著しく、周辺組織の炎症も強いため、十分な効果が期待できなかった。

そこで、被告Y2は、第三回手術において、亡Aの全身状態から手術時間も制約されている特殊な状況の下、閉鎖と減圧を行うための臨機応変の手段として最小限の吻合と減圧空腸瘻併用というパッチ法の変法を選択した。これは、四針の支持糸で本件穿孔部を吊り上げ、炎症の少ない空腸部に同じくらいの切開を置いてバイクリル糸で丁寧に密に縫合し、さらに奬膜縫合を十分に加えて補強する方法である。これにより、炎症が遷延して治癒する場合、腸管相互の内瘻が形成されることになる。第三回手術後、X線検査でも吻合部位の通過に支障がなかったことが確認されたのであり、この部位に縫合不全が認められたのはかなり末期になってからである。

6  損害

(原告ら)

(一) 亡Aは、その死亡に伴い、次のとおりの損害を被った。

(1) 逸失利益四八六二万三〇九一円

亡Aは、その平成五年度の所得が九五四万四〇四五円であったところ、死亡当時満六三才であり、就労可能年数を平均余命までの17.79年の半分である九年(端数切上げ)として、中間利息控除(新ホフマン係数7.278)及び生活費控除(三割)をすれば、その逸失利益は四八六二万三〇九一円となる(計算式は次のとおりである。円未満切捨て。)。

9,544,045×7.278×(1-0.3)

=48,623,091

(2) 慰謝料 三〇〇〇万円

① 亡Aは、一家の支柱であったので、その死亡についての苦痛を慰謝する金額としては、二四〇〇万円が相当である。

② 亡Aは、平成五年一〇月一三日から同年一一月六日までのわずか約三週間の間に全身麻酔による手術を四回も受けることを余儀なくされ、平成五年一〇月二六日以降死亡した平成六年一月二九日まで、集中治療室において、開腹したままの状態で看護を受けていたのであり、親族に対し、「無念だ。弁護士を呼べ。このままこの病院にいれば殺される。」と訴えていた。したがって、右①記載の死亡についての慰謝料とは別に、死亡に至るまでの死の恐怖という亡Aの精神的苦痛を慰謝するための金額として、六〇〇万円が相当である。

(3) 医療費 四〇八万八五七〇円

亡Aは、被告に対し、合計五八六万五〇〇〇円の治療費を支払ったが、被告Y2の不法行為がなければ、平成五年一〇月末日には退院できたのであり、同年一一月一日以降の治療費合計四〇八万八五七〇円は、本来支払う必要のないものであるから、被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害である。

(4) 付添看護費 四〇万五〇〇〇円

右(3)と同様の理由から、平成五年一一月一日以降平成六年一月二九日までの九〇日間についての付添看護費(一日四五〇〇円)合計四〇万五〇〇〇円は、被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害である。

(5) 入院雑費 一一万七〇〇〇円

右(3)と同様の理由から、平成五年一一月一日以降平成六年一月二九日までの九〇日間についての付添看護費(一日一三〇〇円)合計一一万七〇〇〇円は、被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害である。

(6) 葬儀代 一五〇万円

原告らが亡Aの葬儀のために支出した費用のうち、一五〇万円は、被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害である。

(二) 原告X1は、右(一)の合計八四七三万三六六一円の三分の二にあたる五六四八万九一〇七円(円未満切捨て)の損害賠償請求権を、原告X2は、三分の一にあたる二八二四万四五五三円(円未満切捨て)の損害賠償請求権を相続により取得した。

(三) また、原告らは、亡Aの親族として、被告Y2の不法行為により精神的苦痛を被ったのであり、右精神的苦痛を慰謝するための金額として、原告X1について六〇〇万円、同X2について三〇〇万円が相当である。

(四) 本件訴訟と因果関係のある原告X1の弁護士費用は、六二四万八九一〇円、原告X2の弁護士費用は、三一二万四四五五円が相当である。

(被告ら)

争う。

第三  当裁判所の判断

一  認定事実

前記争いのない事実等、証拠(甲一、四、七ないし一八、二一、二二、二四ないし二九、三〇の一ないし三、三一ないし三六、乙一ないし一五、一六の一、二、証人Z、被告Y2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(以下の認定に反する被告Y2の供述及び甲三一号証(X1の陳述書)の記載は採用できない。)。

1(一)  本件切除術の方法

(1) 術前準備

開腹術と同様、goliteryを二ないし四リットル経口投与することによる機械的洗浄を標準法とする。病変部に対し、術前に点墨を行い、病変の所在を明確にしておく。また、術中、病変部を確認するために大腸内視鏡を用いるので、これを準備しておく。

(2) 使用器材

本件切除術においては、光学系器材、気腹に関する器材(腹腔鏡下胆嚢摘出術に用いられるものを共用)、腸把持用パブコック鉗子、大型の湾曲した剥離鉗子であるカーブタイセクター、電気メスを併用し得るカーブシザース等及び自動吻合機が必要である。

(3) 患者体位とスタッフのレイアウト

患者を体位開脚仰臥位とし、術中の体位変換に備え、側板を用いて両肩、体幹両側を手術台にしっかり固定する。上肢は、術者側を体側に添えておき、対側上肢は、血管確保のために九〇度外転位とする。

術者は、患部の対側に立ち、スコピストは、常に術者左側に位置し、術者対側に助手を一ないし二名置く。

(4) 気腹とトローカル挿入

気腹を開始する。圧は、自動気腹器を用い、一二水銀柱ミリメートルに設定する。

臍下部よりトローカルを挿入してここからスコープを挿入し、腹腔内を十分検索後、順次、操作用トローカルを挿入する。挿入部位は、左右臍高鎖中位、左右腸骨高鎖中位、恥骨上の五穴とする。

(5) 手術操作

① 腹腔内の観察及び体位転回

腹腔内を十分に観察した後、患者を骨盤高位で右三〇度軸転して小腸を排除し、術前の点墨及び術中の大腸内視鏡により、病変の局在を確認する。

② S状結腸間膜内側の剥離、血管処理

第一助手にS状結腸ループを把持させて左側に牽引させ、S状結腸間膜を伸展させて、岬角との間にできた腸間膜のひだをカーブシザースを用いて切開し、まず、拍動するS状結腸動脈を確認して静脈に注意しつつ十分に剥離露出し、クリップにより二重又は三重に両側をクリッピングした後、切離を行い、さらに上位のS状結腸動脈へと切離を進める。

③ S状結腸・下行結腸外側剥離

次いで、骨盤低位として下行結腸を骨盤側内側に牽引しつつ、S状結腸外側の自然癒着を脾結腸靭帯に向かい剥離を進める。

④ 直腸遊離

再び骨盤高位とし、骨盤内においてはS状結腸を前上方に牽引しつつ、腹膜を直腸周囲において切離開放し、直腸後方・側方をカーブシザースを用いて剥離する。十分な腸管遊離が行えたところで直腸をパブコック鉗子で頭側へ牽引しつつ、恥骨上トローカルよりエンドカッター六〇ミリメートルを用いて肛門側直腸を切離する。

⑤ 腹腔外操作

ここで一度腹腔内操作を終え、開腹操作に移る。小開腹部は、恥骨上トローカル部にphannenstiel切開をおく。S状結腸切除術など遊離腸管に余裕のある場合は、病変部を含めた腸ループを腹腔外に引き出し、PLC、RLを用いたendo-to-endofunctional anas-tomosisを行い、腹腔外に出す。

⑥ 洗浄等

生理的食塩水にて十分洗浄し、出血のないことを確認した後、必要に応じトローカル孔を利用して、tripleumen sump drainを挿入する。トローカル抜去部はバイクリルにより筋膜、皮膚縫合を行う。

(二)  本件切除術のメリット及びデメリット

本件切除術は、患者にとって、侵襲が小さく、入院期間も短く済む点でメリットが大きく、また、肉眼では見えない臓器の裏なども見える点でも効果的であるが、限られた視野の中で限られた道具で間接的に操作するため、高度な技術を必要とされ、また、遠近感については開腹術に比べると把握しにくい。

(三)  腹腔鏡下手術における電気メスの焼灼による腸管損傷の危険性

平成五年一一月二〇日当時、胆嚢摘出術において、十二指腸と横行結腸が強固に癒着している場合にこれを剥離する際、電気メスを使用したところ意外なところに通電して、他臓器(腸管)の穿孔が手術とタイムラグをおいて生じるなど、遅発性の損傷が生じる危険があるため、剥離においては右危険について十分注意すべきである旨指摘されていた。

2  被告Y2は、第一回手術で三二例目の腹腔鏡下手術を経験し、S状結腸切除術はおよそ六例程度経験していたが、この六例のうち、手術に五時間以上を要したため開腹手術に移行した例は一例であった。

なお、第一回手術が行われた当時、被告病院以外の各施設においても腹腔鏡下手術が盛んに行われるようになり、S状結腸切除についても、腹腔鏡下手術が行われた例が見られる状況にあった。

3  被告Y2は、亡Aの手術を本件切除術で行うことを決定し、入院前に外来で診察を受けた亡Aに対し、本件術式によること及びその方法について説明をした。

4  Z医師は、A及びその家族に対し、第一回手術の前日である平成五年一〇月一二日、病室において説明を行い、①亡Aの現在の病変は、S状結腸に発赤が見られる程度のものであり、病変を切除するだけであれば五センチメートル程度の切除で足りるが、血管支配との関係とS状結腸にこれまで何度もポリープができていることからS状結腸を二〇センチメートル切除すること、②手術は腹腔鏡下で行い、傷口はかなり小さくなるが、手術時間を短くするために保険適用外の機械吻合を行うこと、③術後に問題がなければ一〇日で退院でき、五日後には食事を開始すること、④合併症としては、炭酸ガスを腹に入れるのでそのガスによって合併症が起こる危険があり、三〇〇〇例に一例の割合で見られること、⑤胆嚢摘出手術の場合、二〇〇〇例余りのうち手術後に合併症を起こした例が四〇例程度あること、⑥吻合は、腹腔外で直視下において行うので、縫合不全の生じる危険性は開腹術の場合と変わらないこと、⑦太い血管を損傷した場合や癒着が強すぎて時間がかかる場合などそのまま腹腔鏡下で手術を続行することが危険だと思われる場合には、開腹術になることを説明した。

5  亡Aは、平成五年一〇月一三日、第一回手術を受けた。右手術の概要は次のとおりであった。

(一) 術者等

術者は、被告Y2であり、助手は、R、Z及びSの各医師であった。Z医師の役割はスコーピストであった。

(二) 所要時間

所要時間は、五時間四〇分であった。

(三) 手術所見

癒着は、広範に及び、程度としてもひどく、剥離は、質的にも量的にも困難を極めた。回腸末端付近の小腸同士が癒着し、S状結腸と小腸ループとが癒着し、大網、小腸間膜及びトライツ靭帯までS状結腸が癒着し、さらにS状結腸と下行結腸が癒着していた。

(四) 手術の経緯

(1) 頭低位置として気腹を開始した。

(2) 手術を開始し、一二分の一〇センチメートルのサージポート四本、五センチメートルのポートを挿入し、右下腹部のポートをスコープとした。

(3) 癒着剥離として、まず、S状結腸周囲の視野の邪魔になるような癒着(大網とS状結腸との癒着及び小腸とS状結腸との癒着)を剥離した。腸の癒着を適宜剥離しつつ、S状結腸間膜内側を開覧した。間膜の根部で剥離を進め、下腸間膜動脈本幹とそれより後腹膜側の層を剥離した。

(4) 血管処理として、S状結腸動脈、上核動脈を切り離し、近位に三本、遠位に二本のクリッピングを使用した。

(5) 上方癒着剥離として、S状結腸ループの剥離を行うべく周囲との癒着を順序剥離した。S状結腸は、横行結腸、横行結腸間膜、下行結腸及び後腹膜と癒着していた。この剥離は困難を極めたが、間膜内側及び下行結腸との癒着を、電気凝固可能シザースにより凝固剥離をした。

なお、この剥離の作業の際、横行結腸間膜と連続している後腹膜が破れた。

また、十二指腸のすぐ下(第三回手術において止血クリップが発見された部位付近)で出血があり、スコープの画面が真っ赤になったので、Z医師は、一度スコープを出してレンズを拭き、もう一回挿入したところ、血のたまりが見えた。被告Y2は、電気メスで右部位近辺を焼灼したが、止血できず、止血クリップを何個かかけたところ、止血することができた。出血量は、一三時四五分に計測したところ、六〇ミリリットルであった。

(6) S状結腸間膜を伸展平面化できたので、さらにS状結腸動脈を二本処理し、切除予定の腸管をすべて剥離した。

(7) Z医師は、再気腹終了直前、出血の有無を確認する際、十二指腸が露出していたことを認めた。

(8) 体外操作として、恥骨上のポートを横方向に切開し、筋層を縦に切開し、腹膜内に達して、すでに移動可能となったS状結腸ループを腹膜外に脱転し、間膜の血管を処理した。

まず、腸管を切り離し、口側、肛門側断端にPLC七五を挿入して焼灼した。吻合腸管を腹腔内に還納し、腹腔内を再度スコープで確認し、出血、異物がないことを確認した。

(9) 腹腔内を一五〇〇ミリリットルの温生理食塩水で洗浄し、サージポートを抜去し、皮膚はヴィクリルにより閉鎖し、手術を完了した。

6  被告Y2は、平成五年一〇月一四日、亡Aを回診した。亡Aの症状は、データー的には特に異常が見られなかった。

7  Z医師は、平成五年一〇月一七日、休日であったが、亡Aを診察したS医師から、正中創が感染している旨の報告を受け、同医師に対し、抜糸して傷口を開けるよう指示した。亡Aの症状は、正中創が感染し、創を開させると、内部から暗赤色膿様便臭のものを排出し、かなりのガスが貯留しており、普通と異なる症状が出現していた。

8  Z医師は、平成五年一〇月一八日朝、亡Aを診察したところ、呼吸が苦しいとの訴えがあり、炎症の左側への拡大、正中創からの膿の排出、正中創の腹壁側方までの硬結が認められた。Z医師は、必要であれば皮膚を切開して横から膿の排出を追加することも考えた。

9  亡Aの症状は、平成五年一〇月一八日夕、熱が三七度台に上昇し、左下腹部の傷の周辺が腫れており、周囲を押さえたりすると、雪を握ったような音(皮膚の下がまばらなデスクになってそこに空気が溜まった場合に出る音)がしたので、Z医師は、ガス産生菌が繁殖しているのではないかと考え、二針抜糸して創を開すると、ガスが噴出し、便臭の膿様の排液が排出された。Z医師は、ネラトンを挿入して二〇ミリリットル程度を吸引し、一〇ミリメートルペンローズドレーンを挿入した。

10  Z、S、T及びQ各医師らは、平成五年一〇月一八日夜、亡Aの処置を相談し、朝は硬結のみであったのが夕方には膿が見られ、電撃様の進行を示していること、初回抗原刺激を受けたリンパ球テスト(PLT)が減少傾向にあること及び同日開した鉗子挿入創は腹腔内と交通していることを確認し、恥骨上創の感染が鉗子挿入創から腹腔内に入り、吻合部に感染を起こし、縫合不全になることを危惧し、翌日、注腸造影を行って縫合不全の有無を確認し、縫合不全であれば緊急手術を行うことを決めた。

11  Z医師が、福岡にいた被告Y2に対し、平成五年一〇月一九日朝、電話で、亡Aの症状を簡単に報告して注腸造影を行う予定である旨報告したところ、被告Y2は、様子を見てから注腸造影を行うよう述べて造影中止を指示した。

Z医師は、その後、亡Aを診察したところ、病状は横ばいか若干減少したとの所見を得た。亡Aの症状は、熱は下がっており、硬結は広範囲で程度がひどく(ただし、下腿へは減少傾向にあった。)、左下腹の創から便臭のするかなりの量の膿様の排泄物を認めた(ただし、便ではなかった。)。Z医師は、縫合不全は否定的かとも考え、病原菌が側腹部に入ってそれが側腹筋膜に沿って広がっているフルニエ症候群様の感染かとも考えた。

亡Aの白血球の数値(WBC)は、一万六三〇〇に上昇し、炎症蛋白の数値(CRP)は、六〇に上昇していた。

12  Z医師は、平成五年一〇月一九日夕方、亡Aを診察し、かなりの範囲に炎症が拡がってきていること、鉗子創開部より四〇ミリリットルほど緑白色のものを吸引したことを認めた。

13  Z医師は、平成五年一〇月二〇日朝と夕方に亡Aを診察し、全身状態、局所状態とも火曜日の状態から特に変化がないとの所見を得た。

14  被告Y2は、平成五年一〇月二一日、亡Aを回診し、その症状からすれば局所性腹膜炎かと考え、おしりから減圧チューブ(マレコット)を入れるよう指示したが、金曜日に造影をそっと行ってもよいのではという上申に対し、様子をみてから行う旨答えた。

15  Z医師は、平成五年一〇月二二日、木曜日の被告Y2の回診の結果を聞いて、T医師と被告Y2に手術を行うよう上申し、被告Y2が手術申込書に署名して緊急手術を行うことが決定された。

なお、被告Y2は、平成五年一〇月二二日午後、広島県呉市に行ったため、亡Aの第二回手術を担当しなかった。

16  亡Aは、平成五年一〇月二二日、第二回手術を受けた。右手術の概要は次のとおりであった。

(一) 術者等

術者は、Q医師であり、助手は、T、Z、Sの各医師であった。

(二) 手術の所見

膿瘍は皮下において左側腹部横に創下に広がり、緑黄色の膿で充満していた。腹腔内は、左下腹部を除いて膿の貯留は全く認められなかった。S状結腸の縫合部分は、自働吻合機による閉鎖部で完全に離開し、肛門側の反腸間膜側が二センチメートル程度壊死に陥り、そこから左側腹部を中心に膿を形成しており、下方は一部ダグラス窩に膿が貯留していた。腸液は認められなかった。

(三) 手術の経緯

(1) 正中での開腹術を行った。

(2) S状結腸の吻合部の開を確認し、遠位を粘膜瘻とし、口側を人工肛門として腹腔外に脱転させるべく下行結腸、直腸の間膜及び外側の癒着を剥離し、間膜血管を処理しつつ移動できるようにした。

(3) 粘液瘻をバイクリルにより腹壁創最下端に固定した。

(4) 腹腔のドレナージを行い、右下腹部よりダグラス窩に、左下腹部より左横隔膜下に向け、TLSを挿入し固定した。

(5) 腹壁を三層に縫合閉腹し、この際、腹壁の膿瘍にTLSを挿入し、手術終了とした。

17  亡Aの症状は、平成五年一〇月二六日、午前四時、脾曲部へのドレーンから、腹水様の液体が流出し、午前九時、緑褐色の粘液状のものが付着しているのを認めた。報告を受けた被告Y2は、小腸のどこかに穴が開いているかもしれないと考え、緊急手術を行うことを決定した。亡Aの術前診断は、汎発性腹膜炎、小腸瘻であった。

18  亡Aは、平成五年一〇月二六日、第三回手術を受けた。右手術の概要は次のとおりであった。そして、この手術後、診断名は、汎発性腹膜炎、十二指腸穿孔に改められた。

(一) 術者等

術者は、被告Y2であり、助手は、U、R、Z、Sの各医師であった。

(二) 手術の所見

腹腔内に癒着はほとんど認められず、茶褐色の胆汁液が腸管の間隙、ダグラス窩に貯留し、腹腔内、小腸は水腫的で黄染中等度であり、検索の結果、小腸に穿孔を認めず、十二指腸水平脚トライツ靭帯に三ミリメートル大の穿孔があり(なお、穿孔の周囲にほとんど特別な変化は認められなかった。また、Z医師は、本件穿孔の周辺にムコール菌感染を疑わせるような所見を認めなかった。)、胆汁がジェット状に間欠的に噴出しているのを認めた。本件穿孔のある十二指腸の下の部分には、第一回手術の際に出血した部分に用いられた止血クリップが発見された。

なお、本件穿孔の認められた部位は、腹腔外に存在する十二指腸水平脚であった。

(三) 手術の経緯

(1) 正中創を切開し、腹腔内を検索して上記所見のとおりの状況を確認した。

(2) 空腸(トライツ靭帯より三〇センチメートル)の壁に電気メスで穿孔させヴィクリルにより十二指腸空腸側を四針で全層を縫合し、その周囲をさらに奬膜筋層に追加縫合した。

(3) 腸管減圧を行うため、さらに遠位の三〇センチメートル部位に一六FRセーラムサンプチューブを挿入し、先端を先の縫合部直前に置いて、挿入部はウィッテル法に準じて奬膜性のトンネルを約一〇センチメートル作成し、これを傍正中創に縫着した。

(4) チューブドレーンを人工肛門内側、空腸のループに留置し、さらに右側腸管窩にデュプルドレーンを通過させた。

(5) 腹腔内を五〇〇〇ミリリットルの温生理食塩水で洗浄し、腹壁を二層に縫合閉鎖して手術を終了した。イレウスチューブは本件穿孔部直前まで進めた。

19  亡Aは、第三回手術後、集中治療室において治療を受けたが、平成五年一一月一日から三日、チューブからガストログラフィンを入れて造影した結果、十二指腸から小腸に吻合部を通って流れており、特に問題はなかった。しかし、その後、肝胆汁鬱滞と腎不全が認められ、同月六日、腹腔及び腹壁から大量の出血が認められた。

20  平成五年一一月八日、亡Aの左腹部ドレーンより造影を行った結果、第三回手術の十二指腸空腸吻合部からのもれが認められた。

21  亡Aは、MRSAに感染し、成人呼吸窮迫症候群を併発し、肝腎機能不全、腹壁の感染・出血と腸管の多発穿孔を生じ、腹腔深部の穿孔、出血、腹壁の壊死、腸管の壊死を来たし、平成六年一月二九日、死亡した。臨床による解剖前の亡Aの死因の診断は、多臓器不全、腸管壊死、敗血症、S状結腸癌術後縫合不全であった。

22  亡Aの遺体は、平成六年一月二九日、死亡から三時間半後に解剖され、その結果、以下の診断がなされた。

(一)(1) 術後化膿性腹膜炎が高度に見られ、一部脂肪壊死・石灰化・骨化、十二指腸空腸吻合部出血壊死及び周囲壊死、腹部開放創部空腸出血壊死穿孔、十二指腸球部出血壊死穿孔並びに周囲肝下面膿瘍形成が見られた。

(2) 全身真菌感染症として、カンジダ症が両肺、心臓、肝臓、胆嚢、副腎、皮膚、盲腸、虫垂、左肺門リンパ節、大動脈周囲リンパ節及び骨髄に見られ、ムコール症が小腸、大腸及び腹壁(皮膚)に見られた(消化管は、出血性梗塞壊死を、腹壁(皮膚)は壊死を示していた。)。

(二) 臓器障害の状態として、心臓には心筋内に多数の真菌(カンジダ)の感染巣が見られ、肺に鬱血と気管支肺炎が中等度に見られ、バクテリアコロニーと真菌(カンジダ)の共存を認め、左肺上葉に膿瘍が形成され、両肺血管内に真菌が見られ、肺水は左六〇〇ミリリットル、右二〇〇ミリリットルでともに黄色透明であり、肝は全体に茶褐色調で柔らかく腫大し(二五〇〇グラム)、細胆管ないしグリゾン鞘内胆管に高度の胆汁鬱滞を認め、肝中心脂肪化(高度)、肝鬱血(高度)及び真菌(カンジダ)と細菌感染巣を多数認め、腎は中等度の鬱血と尿細管の多数の胆汁栓と右側の腎盂腎炎(中等度)が見られ、両側腎に真菌(カンジダ)感染巣が多数見られた。

(三) 腸管壊死及び腹壁壊死の原因と考えられるものとして、腸管及び腹壁内の動脈ないし静脈内に真菌(ムコール)の感染が認められ、特に腸管壊死部には粘膜内ないし下層ないし筋層ないし奬膜ないし腹膜の血管内に真菌塞栓の形成と周囲に出血及び壊死が高度に見られ、腹壁の表皮潰瘍部から深層に壊死を認め、腸管と同様のムコール真菌感染を血管内ないし周囲組織に認め、別紙記載の②(本件穿孔部)及び③ないし⑤の各部位にムコール菌感染が見られた。

(四) 十二指腸穿孔部(別紙記載の胆嚢への十二指腸潰瘍穿通部)は、下行脚と胆嚢壁が強い癒着を示し、急性及び慢性胆嚢炎の十二指腸への波及により穿通性潰瘍が形成された状態であったが、真菌の感染は認められなかった。

二  争点に対する判断

1  争点1(説明義務違反)について

(一) 医師は、その患者ないしは家族に対し、病状、治療方法の内容及び必要性、発生の予想される危険性について、当時の医療水準に照らし相当と思慮される事項を説明し、当該患者がその必要性や危険性を十分比較考慮の上その治療行為を受けるか否かを決定することができる程度に説明する義務があると解される。

(二) 本件切除術は、患者にとって、侵襲が小さく、入院期間も短く済む点でメリットが大きく、また、肉眼では見えない臓器の裏なども見える点でも効果的であるが、他方で、限られた視野の中で限られた道具で間接的に操作するため高度な技術を必要とされ、また、遠近感の把握は、開腹術に比べると把握しにくいというものであるが、Z医師が、亡A及びその家族に対し、①亡Aの現在の病変はS状結腸に発赤程度のものであり、病変を切除するだけであれば五センチメートル程度の切除で足りるが、血管支配との関係とS状結腸にこれまで何度もポリープができていることから二〇センチメートルS状結腸を切除すること、②手術は腹腔鏡下で行い、傷口はかなり小さくなるが、手術時間を短くするために保険適用外である機械吻合を行うこと、③術後に問題がなければ一〇日で退院でき、五日後には食事を開始すること、④合併症としては、炭酸ガスを腹に入れるのでそのガスによって合併症が起こる危険があり、三〇〇〇例に一例の割合で見られること、⑤胆嚢摘出手術の場合について、二〇〇〇例余りのうち手術後に合併症を起こした例が四〇例程度あること、⑥吻合は、腹腔外で直視下において行うので、縫合不全の生じる危険性は開腹術の場合と変わらないこと、⑦太い血管を損傷した場合や癒着が強すぎて時間がかかる場合などそのまま腹腔鏡下で手術を続行することが危険だと思われる場合には、開腹術になることを説明したというのであり、被告Y2が、第一回手術における本件切除術で三二例目であり、S状結腸切除術はおよそ六例程度経験していたが、最初の六例のうち、手術に五時間以上を要したため開腹手術に移行した例は一例であり、第一回手術が行われた当時、被告病院の他に各施設において腹腔鏡下手術が盛んに行われるようになり、S状結腸切除についても、腹腔鏡下による手術が行われた例が見られるようになっていた状況も考慮すれば、Z医師の右説明は、病状、治療方法の内容及び必要性、発生の予想される危険性について、当時の医療水準に照らし相当と思慮される事項を説明し、亡Aがその必要性や危険性を十分比較考慮の上その治療行為を受けるか否かを決定することができる程度に説明したということができる。

なお、電気メスの焼灼による危険性との関係では、後記3のとおり、亡Aの死亡の結果は、被告Y2の本件切除術の手技の過誤によるものであり、原告ら主張の説明義務違反との間に相当因果関係がないから、原告らの主張は理由がない。

2  争点2(手術方法の選択についての過誤)について

亡Aの死亡の結果は、後記3のとおり、被告Y2の本件切除術の手技の過誤によるものであり、本件切除術を続行したことにより右結果が生じたものではないから、原告のこの点の主張は理由がない。

3  争点3(本件切除術の手技についての過誤)について

(一) 本件穿孔の原因及び被告Y2の過失

(1)  前記認定事実によれば、①平成五年一一月二〇日当時、胆嚢摘出術において、十二指腸と横行結腸が強固に癒着している場合にこれを剥離する際、電気メスを使用したところ意外なところに通電して、他臓器(腸管)の穿孔が手術とタイムラグをおいて生じるなど、遅発性の損傷が生じる危険があるため、剥離においては右危険について十分注意すべきである旨指摘されていたこと、②第一回手術において、上方癒着剥離の際、横行結腸間膜と連続している後腹膜が破れたこと、③この間に十二指腸のすぐ下(第三回手術において止血クリップが発見された部位付近)で出血したこと、④被告Y2は、右出血を止血するため、電気メスで右部位近辺を焼灼したが、止血できず、止血クリップを何個かかけたところ止血することができたこと、⑤Z医師は、再気腹終了直前に出血の有無を確認する際、十二指腸が露出していたことを認めたこと、⑥本件穿孔のある十二指腸の下の部分には、第一回手術の際に出血した部分に用いられた止血クリップが発見されたこと、⑦本件穿孔の認められた部位は、腹腔外に存在する十二指腸水平脚であったこと、以上の事実に加えて、⑧被告Y2の電気メスによる焼灼以外に本件穿孔の原因が生じる特段の事情が認められなかったことからすれば、たとえ本件穿孔の発生に至る機序が十分に明らかでないとしても、第一回手術における被告Y2の電気メスの焼灼が本件穿孔の原因を形成した高度の蓋然性が認められるのであり、そうすると、被告Y2は、十二指腸のすぐ下での出血の止血に際して、十二指腸に穿孔の原因を生じさせることのないよう注意すべき義務に違反して本件穿孔の原因を生じさせたものと推認することができる。

(2) 本件穿孔と亡Aの死亡の結果との因果関係

前記認定事実によれば、亡Aの死亡は、本件穿孔及びこれに基づく汎発性腹膜炎に起因するものと認められ、本件穿孔と亡Aの死亡の結果との間には相当因果関係が認められる。

(二) 被告らの主張について

(1) 被告らは、本件穿孔が生じた部位について、解剖学的にみれば、腹腔内の十二指腸空腸移行部であると主張するが、前記認定事実に反するものであり、これを採用することはできない。

(2) 被告らは、第一回手術の終了時及び第二回手術時において本件穿孔及びそれが生じる徴候が認められなかったし、修復機転が働くので、第一回手術後二週間も経過して本件穿孔が生じたということはあり得ない旨主張する。

しかし、前記(一)(1)①によれば胆嚢摘出術における遅発性の腸管の損傷の危険が指摘されていたこと(十二指腸に損傷の原因が生じる可能性の高低としては、十二指腸に隣接する胆嚢を摘出する胆嚢摘出術と十二指腸に隣接しないS状結腸の癒着剥離との間に差異があることは否定できないとしても、いったん電気メスによる穿孔の原因が生じた場合に遅発性の損傷が発生する機序としては異なるところはないと考えられる。)及び第二回手術は、S状結腸の縫合不全についての手術であり、本件穿孔の部位について観察したものではないことからすれば、第一回手術及び第二回手術において本件穿孔が発見されなかったことと前記(一)(1)記載の判断とが相容れないということはできないし、修復機転を阻害する要因を具体的に特定することはできないとしても、本件穿孔部位と被告Y2の第一回手術における電気メスの焼灼の部位との一致を考慮すれば、被告Y2の電気メスによる焼灼が本件穿孔に至る因果経過の起点であった高度の蓋然性が認定できるとの前記(一)(1)記載の判断を覆すことはできない。

(3) 被告らは、Z医師による本件穿孔の周囲の所見も、第一回手術の際に生じてた穿孔が周囲組織との癒着で被覆されていたとか、第一回手術の際に生じた不全損傷が進行して穿孔したという可能性を否定するものであった旨主張する。

本件穿孔が発生した機序については必ずしも明らかではないとしても、それだけで、被告Y2の電気メスによる焼灼が本件穿孔に至る因果経過の起点であった高度の蓋然性が認定できるとの前記(一)(1)記載の判断を覆すことはできない。

(4) 被告らは、ムコール菌が本件穿孔の原因であることも考えられる旨主張し、前記乙一号証及び三号証によれば、亡Aの死亡後の病理解剖診断を行ったV医師及びW医師は、ムコール菌が大腸・小腸などの消化官壁と腹壁皮膚(壊死部)のみに見られ、それぞれの血管(動静脈)内に侵入していたとの診断の結果を報告し、第二回手術時にはムコール菌感染による腸管の壊死・出血があったとの考えを示唆する。

しかし、ムコール菌感染は通常は日和見感染であること(弁論の全趣旨)、ムコール菌が検出されたのは、平成六年一月初めに病理部に提出された腹壁の一部の感染巣及び亡Aの死亡後の解剖結果のみであること(前記乙一号証及び三号証)、右Vらの見解もムコール菌の感染のみを原因としているわけではなく、その可能性を指摘したものにすぎないこと(前記乙三号証)、Z医師は、第三回手術の際、本件穿孔の周辺にムコール菌感染を疑わせるような所見を認めなかったこと(Z証言)、ムコール菌の作用により本件穿孔が生じたとしても、日和見感染として発生するのが通常であるムコール菌が作用したのは、被告Y2の電気メスによる焼灼に基づく損傷が起因となっている可能性があることからすれば、前記(一)(1)記載の判断を覆すことができない。

(5) 被告らは、本件穿孔の原因として、ストレス潰瘍、憩室関与、内圧昂進の可能性も主張するが、本件全証拠を検討しても、右主張を裏付ける証拠はない。

4  争点4(第一回手術後の管理についての過誤)について

前記認定事実によれば、被告Y2の第一回手術後の管理について、縫合不全に対する対処が適切でなかったのではないかとの疑いは残るが、そうだとしても、そのことと亡Aの死亡の結果との間の相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告らの主張は理由がない。

5  争点5(第三回手術における過誤)について

平成五年一一月八日に亡A十二指腸空腸吻合部からもれを起こしていたこと、亡Aの死亡後の解剖の結果、右吻合部に縫合不全が認められたことは、前記認定事実のとおりである。

しかし、第三回手術における亡Aの身体状態が非常に不良であり、十二指腸が後腹膜腔で膵臓に固定されているために腸管のゆるみが乏しく部分切除も困難であること(被告Y2)を考慮すれば、被告Y2の処置が不合理なものであり、被告Y2の施行した吻合方法以外に、より適切な処置があったことについて、原告らの立証は不十分というほかなく、被告Y2に過失を認めることはできない。

よって、この点についての原告らの主張は理由がない。

6  争点6(損害)について

(一) 逸失利益

亡Aは、その平成五年度の所得が九五四万四〇四五円であったところ、死亡当時満六三才であり、就労可能年数を平均余命までの18.14年の半分である九年として、中間利息控除(新ホフマン係数7.278)及び生活費控除(三割)をすれば、その死亡による逸失利益は、四八六二万三〇九一円となる(計算式は次のとおりである。円未満切捨て。)。

9,544,045×7.278×(1−0.3)

=48,623,091

(二) 慰謝料

前記認定の亡Aの死亡に至る経緯や余命年数、被告Y2らの過失態様等諸般の事情を総合すると、亡Aの固有の慰謝料は、二〇〇〇万円が相当である。

(三) 医療費、付添看護費及び入院雑費

前記認定の被告Y2の不法行為がなかったとしても、第一回手術後、亡AのS状結腸切除部位に縫合不全が生じ(右縫合不全の発生が被告Y2の過失に基づくものであると認めるに足りる証拠はない。)、その対処のために第二回手術が行われたのであるから、亡Aが平成五年一〇月末日には退院できたとの原告らの主張は理由がなく(仮に、原告ら主張のとおり、被告Y2が、同月一八日に縫合不全を疑ったとしても、亡Aが同月末日に退院できたということはできない。)、そして、亡Aの退院可能時期を認めるに足りる証拠がないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。

(四) 葬儀代

原告らが亡Aの葬儀のために支出した費用のうち一二〇万円は、被告Y2の不法行為と相当因果関係のある損害であると認められる。

(五) 原告らの固有の慰謝料

前記認定の亡Aの死亡に至る経緯や余命年数、被告Y2らの過失態様等諸般の事情を総合すると、原告X1の固有の慰謝料は二〇〇万円、同X2の固有の慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用

本件訴訟と因果関係のある原告X1の弁護士費用は五〇〇万円、原告X2の弁護士費用は二五〇万円が相当である。

三  結論

以上から、原告らの本件請求は、原告X1に対し、不法行為に基づく損害賠償として五三五四万八七二七円(円未満切捨て)及びこれに対する不法行為日後の平成六年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原告X2に対し、不法行為に基づく損害賠償として二六七七万四三六三円(円未満切捨て)及びこれに対する不法行為日後の平成六年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余の請求は理由がないからこれらを棄却することとする。

(裁判長裁判官見満正治 裁判官松井英隆 裁判官西岡繁靖)

別紙〈省略〉

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